つねきについて知る現状認識と基本的な考え

間違えだらけの国家経営 世界一のお金持ち国の悲劇

国の借金というウソ

 毎年マスコミに流れるニュースに、「国の借金1200兆円突破、一人あたり983万円」というようなものがあります。しかし、決して惑わされないでください。これは明らかなミスリードです。これは「国」の借金ではなく、あくまでも「政府」の借金です。そして、「国=政府」ではありません。「国=政府+民間」です。そして、政府は確かに1200兆円もの借金を負っていますが、日本の政府に貸しているのはほとんど日本の民間です。これはあくまでも国内での貸し借りであって、例えて言うなら、家の中でお父さんがお母さんに借りているようなものです。お父さんとお母さんを合わせた家実体が世界一の貯金を持っていれば問題もありませんし、実は日本はその状態です。政府+民間の日本全体として見れば、日本は356兆円にも上る貯金を持つ世界一の純資産国です(下表/財務省資料参照)。日本はここまでで31年間連続世界一の対外純資産を持ち続けています。

受け取れない対外資産

 日本がこれだけ多くの純資産を持っている理由は、日本が戦後、輸出主導の経済運営で貿易黒字を稼ぎ続けたからです。それが貯まりに貯まって356兆円と財務省データにはありますが、実際は約3兆ドル以上の外貨資産です。なぜなら国際決済はドルが基本で、輸入も輸出もドル決済、黒字もドルで貯まるからです。外貨は日本では使えませんし運用もできないので、全て海外に投資されています。それは海外の人たちが使うわけですから、日本国民は何も受け取れません。先程のお金持ち家庭の例で言うと、世界一の貯金を持っていても、それが全く使われなければ、家の中には何も入って来ません。お父さんお母さんがいくら貯金があると言っても、その家の子どもはとても信じられないでしょう。何の恩恵も受けられないからです。皆さんは今、その状態です。

悲劇の始まりは1985年プラザ合意

 それどころか、この約30年、その世界一の資産を稼ぐために、日本の皆さんはとても過酷な働き方を強いられ続けてきました。その発端になったが1985年のプラザ合意です。これは当時のG5がニューヨークのプラザホテルに集まり、協調介入でドルを下げ、日本の円と当時の西ドイツのマルクを高く誘導することを決めた為替合意です。当時のアメリカは巨額の貿易赤字を抱え、一方の日本と西ドイツは黒字を稼ぎ続けたため、ドル安、円高、マルク高にしてそれを是正しようとしたのです。自国の通貨が高くなると、自国の労働者に払う給料が国際的に高くなり、コストが上がるので輸出がしにくくなる。逆に安くなれば輸出しやすくなるという理屈です。この合意は市場にとっても大きな驚きで、一気にドルが暴落、円とマルクが暴騰しました。プラザ合意前夜は1ドル=230円ぐらいだったものが、二年以内に1ドル=120円と二倍近くの円高になり、一時は79円台まで振れました。これが何を意味するかというと、日本人の給料が国際的に倍以上になったということです。同じ給料、同じコストで作っても輸出価格は倍、例えば1ドル=200円の時は、200万円のコストの車は1万ドルですが、1ドル=100円になれば2万ドルの車になります。当然輸出しにくくなり、日本の黒字は減り、アメリカの赤字も減るだろう、というのがプラザ合意の狙いだったのです。
 しかし、そうはなりませんでした。我々はその後も黒字を稼ぎ、31年間連続世界一の対外純資産国であり続けたのです。どうやって?コストカットによってです。二倍の円高で同じコストで作れば輸出価格も二倍、、それでは売れなくなります。同じ輸出価格を保つためにはコストを半分にするしかないのです。しかし、コストの大半は人件費ですから、半分と言っても容易ではありません。それでも無理矢理削ろうとした結果、サービス残業のような搾取が常態化し、人の労働に対価を払わない社会になっていったのです。実際、この30年ぐらい、我々の給料は全く上がっていません。私が1986年に就職した時にもらった初任給と、私の長男が2017年にもらった初任給は全く同じ20万でした。その間、日本のお金(マネーストック)は340兆円から990兆円と三倍にも増えたのに。これは何のためのコストカット、ひいては誰のための経済なのでしょう?

思考停止した国家経営

 そして、我々の犠牲の上に稼ぎ続けた3兆ドル以上の黒字は海外に投資され、我々は受け取れていないのです。本来、もし我々が1985年のプラザ合意以降も、サービス残業のような無理矢理なコストカットをせず、それまで通り給料を受け取っていれば、3兆ドルもの対外資産はなかったはずです。そんなに輸出できなかったはずですから。それがあるのは、我々がその分のタダ働きをしたからです。3兆ドルは1ドル=100円で考えると300兆円、1ドル=200円だったことも考えると、300〜600兆円分のタダ働きです。要するに、1985年のプラザ合意以降、我々は国家経営を間違えたのです。いつまでも戦後復興と同じ輸出主導型の経済を無理矢理続けるのではなく、内需拡大型の経済に転換すべきだったのに、それをせず、海外の安い労働力と競争し続けたことが我々の首を締めたということです。問題の本質は、状況が変わっても前例を踏襲し続ける我々の思考停止にあるのではないでしょうか。